決断の重さは、捨てたものに表れる
安定した会社を離れ、キャンピングカーで働く道を選んだ経験から、決断で捨てたものを、自分の決断を信じる根拠として捉えます。
こんにちは!中都です!
昨日はVIVVAN体験型イベントに行ってきました。
謎解きを行いスコアとなる適性度をはかるのですが、私は別班の適正度が70%でした。
100%を目指していたので悔しいです(笑)

さて今日は、「決断の重さは、捨てたものに表れる」というテーマで執筆します。
このコラムは、毎回中都がAIを使わず、自身の思考を記事化しています。
自分らしさを大切にしながら、もがいても前に進みたいという方へ、何かヒントになれば嬉しいです。
「決断」とは、魅力のある選択肢を捨てること
そもそも「決断」とは何でしょうか?
似た言葉として「選択」がありますが、決断は読んで字の如く他方の選択肢を断って決めることです。
私は2024年4月に個人事業主として独立しました。
前職の会社は上場していて、ホワイト企業(かなりが付くほどかと)で、何より安定していましたが、私は「キャンピングカーを買いたい!」という想いから個人事業主として独立をします。
確かに収入は不安定になり、後ろ立てもなくなりました。そのままだと東京で家賃が払えないので実家にお願いをして帰り、同僚もいない中、土日も一人で仕事をする日々です。
ただもう一方の側面では、念願のキャンピングカーを購入し、その中で仕事をするというスタイルを選ぶことができました。
当たり前ですがそれは独立するという決断をしていたからです。

世の中は他方を取れば他方を失う「トレードオフ」で溢れています。
決断するためにはトレードオフを受け入れ、片方を捨てなければなりません。
決断は非常に悩むものであり、痛みが伴うものなのです。
決断したことに迷ったら捨てた選択肢を見る
ここからが本題です。
私は、「自身がした決断をいかに信じるか」が重要と考えます。
よく、「自分が選んだ道を正解にすればいい」と聞きますが、私は正しいと思う一方、アンコントローラブルな世の中では危ない論調だとも思います。
(それができれば逆説的に「今年の抱負の達成率」も「ダイエット成功率」も100%のはずですよね)
自分自身ができる唯一のことは「決断を信じること」なのではないでしょうか。
前述の通り実は決断の本質は「捨てること」にあると考えており、悩むのはもう一方の選択にも相応の魅力があったからなはずです。
「選んだ決断」に自信を持てなくなったら「捨てた選択肢」と「悩んだときのこと」を思い出してください。
その選択肢を捨てて今の決断に至ったのであれば、それ以上の価値が今の決断にはあるということになりませんか?
(ちなみに、決断をすると大抵の場合は他方の選択肢への熱が一気に冷める傾向があります。それ自体が決断できた証拠です。ただ、もしまだ悩んでいるのであれば客観的に捨てた選択肢を見るといいと思います。)
決断を自信に
自分自身に誠実になり、向き合うほど、決断は増えます。
かくいう私も常に決断の連続です。
(恥ずかしながら逆に全然決断できていないこともたくさんあります。)
人生は一度きりで選択肢の比較なんてできるわけもありません。
結果の不確実性を甘んじて受け入れつつ、「魅力的な選択を捨てて決断した」という揺るぎない事実を自信に繋げることが、唯一できることやなあ…。と思う朝でした。
執筆時間1:00 NoAI
